漫画・小説

漫画とか小説あげてるやつ。全部オリジナル。漫画はほとんど書かない。

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弟は、気が狂った脱走兵に殺された。
僕と弟はなんとか火の手から逃げ切ったものの、ストレスで気が狂った兵士に弟が取り押さえられてしまって、「兄ちゃん助けて!」の声に気づいて僕が振り向いた頃には口に銃を咥えさせられていた。僕が「やめ…」といいかけたとき、兵士は引き金を引いた。
弾は弟の小脳を貫いたのだ。
続けて、ドスン、ドスンと胃のあたりを撃った。
弟は真顔で大量の血を吐いた。
一気に力が抜けて押さえられていたにも関わらずくにゃくにゃと地面に倒れた。
僕は思わずその場で固まった。僕の大事な弟が眼の前で殺されたのだ。
下手に関わると自分も殺されるかもしれなくて、反発することもできなかった。
弟がこんなひどい目にあってるのに何もしてやれないのが悔しかった。
兵士はおぼつかない足取りでどこかに歩いていった。
僕は弟のほうへ走っていって「四郎!四郎!返事しろよ!」って痛そうなくらい強く揺すったけど返事もなければ動きもしなかった。
僕はただひたすら弟の血なまぐさい体に顔を埋めて咽び泣いた。
少し落ち着いたところで、このままでは弟の体が腐ってしまうと思ったから火葬場まで背負っていくことにした。
生きてた頃に抱っこしたときは軽かったのに、死んだ弟は自分から掴まってくれなくて重かった。
くたくたになるほど歩いてやっと火葬場を見つけた。
「弟が死んだんです」って言うだけのことがうまくできなかった。
口が震えながらもなんとか言い終えると、弟は服を脱がされて焼却炉に放り込まれた。
体の中に残る銃弾が焼け残った。それで僕は、弟が着ていた服と残った銃弾を渡された。
これが弟が遺したものだと思うと涙が出た。
こんな、弟を殺した銃弾はバラバラに砕いてしまいたい。
と思ったのを飲み込んで銃弾をポケットに入れた。
その後弟の遺品を持って無事だった親戚の家に行って、そこで暮らした。そのまま終戦を迎えた。平和になった今、僕はもうこんなに年を取って枯れ果ててしまった。
今でも弟の遺品は僕の家の押入れの中にある。
大切にとっておいたから、今でもある程度きれいに残っている。あの銃弾も。
それが、最初の写真だ。
あのとき火の手から逃げたのは昼間だったから、弟も僕も学生服を着ていた。今でも学生服を着た子供を見ると、あの頃のことを思い出す。
でも、あのとき僕と弟がしたような思いは誰にもしてほしくない。
だれもがあの頃のことを忘れないよう、僕はこれからもあの体験を語り継いでいきたい。

第一章 幻の店
チンチン電車の行く先は。
この町の空はいつも赤い。チンチン電車の顔は赤く、鉄っぽいツヤツヤした体を風に当てながらのろのろと走る。
客の中に、茂という少年がいた。苦しみの9歳である。
茂少年は、地獄の住民である。
この世とは地獄であり、悪夢である。
我々は悪夢を見ているのだ。悪夢の中から見る夢は現実なのだ。あの世は現実であり、夢というのはあの世の覗き見なのだ。
我々を地獄に送り込んだのは誰なのか知らないが、彼を夢の中で見た人が言うには、人間とはかけ離れた姿をしていて、目が陥没していて、耳が地面に垂れていて、この世のすべてを睨むような目をしているという。
茂少年はチンチン電車を降りて穢れた足で少しばかり歩いた。
着いた先にはボロボロの今にも壊れそうなちいさな店がある。
そこには、人間が売っていた。
成人男性丸ごと一人が三千円、成人女性が千円、子供は男女どちらも百円、あとは、誰かわからない地獄の住民の、目玉やら内臓やら、脳みそやらが売られている。
茂少年は十円を持っている。
そのすべてを出して、子供の男を指さして「これください。」と言った。
店に立つ怪しいババアは「お前、地獄の住民だな。ここは現実だ。お前なんかが来る場所じゃない。帰れ。」と今にも飛び出しそうな目で茂少年を睨みつけた。
茂少年は、「やい、お前こそそんな気色悪い目をしやがって、お前が地獄に来ればいいんだ!」と、ババアの髪の毛だけをむしり取って、地獄に持って行って、地獄の髪の毛にしてしまった。
茂少年は家へ帰って、縁側の下に髪の毛を植えた。
髪の毛は、目にも止まらぬ速さで成長してゆき、茂少年も突き飛ばしてぐんぐん伸びていった。
すると、茂少年の背の高さで止まった。
「なんだおまえ!」茂少年が髪の毛を引き抜くと、茂少年の手から髪の毛が生えてきた。髪の毛の先にはあのババアの口がついていて、その口が「あんならちーぱん、あんならちーぱん!ほべい、はやけ!」と赤ん坊の声で叫ぶのだ。
茂少年は怖くて心臓を吐き出した。
地面の上で踊り狂う心臓を、手で掴もうとした。
しかし、いい感じにドカンドカンと手をすり抜けて、砂だらけになっていった。
茂少年は、「おかあちゃーん!僕の心臓が!」と、台所のオカンに泣きついた。「あら、しげちゃん、どうしたの?」と振り返るオカンの顔はあのババアになっていた。
茂少年は心臓のことなどそっちのけで、土を蹴るトサトサという音を立てながら寺まで走っていった。
「助けてください、僕の手と、心臓と、お母ちゃんが…」と言いかけたが、誰もいなかった。
茂少年は狂ったように笑い出した。
「アヘッアヘッアヘッ!ケハケハケハケハ!」
茂少年は、寺の奥に穴があることに気づいた。
「あはははははは!楽しそう!」と酔っぱらいのような歩き方で中に入っていった。
茂少年が、「僕はセルロイドの子だ!青いパン!黄色い番茄醬!藤色の猫はゲボを吐く!僕らは美女のウンコから出た空気を吸って生きている!ンガァ!」などと言いながら歩いていると、広い部屋に辿り着いた。
茂少年が立っている反対側には、血だらけの女がいて、茂少年の顔をまじまじと見つめていた。茂少年の横には寝台があって、その上にナイフが沢山乗っている。
すると空から声が降ってきて、「それを女に向かって投げろ!さもないとお前は死ぬ!」と命令してきた。
茂少年は無心でナイフを女に向かって投げた。女もナイフを投げてくる。
しかし茂少年が投げたナイフは全く当たらない。そのうち、女が投げたナイフが茂少年の心臓があった位置にぶっ刺さった。
しかし茂少年は心臓を吐き出していたので助かった。しばらくすると女は消えて、次の部屋への扉が開いた。
茂少年が進むと、部屋に入ってすぐの足元にレコードが置いてあった。茂少年が拾い上げると、それはたちまち黒い嵐へと姿を変えた。
レコードに見えていたものは、蟻の塊だったのだ。
茂少年は、蟻を手から払い除けて全て踏み潰した。
するとまた天から声が降ってきて、「お前は人殺しだ。地獄も卒業だ、よかったな!」と言われた。
なんとなく上を見ると、天井が蓋になっていた。
「何か降ってくる」直感でそう思った茂少年は、急いで避けた。
その直後に、蓋が空いて巨大な針の塊が落ちてきた。
茂少年は、ほっと胸を抉り下ろした。
さっきナイフが刺さった場所から、緑色の液体がドロドロと出てきていた。
目の前が暗転して、気づいたら茂少年は家の前で倒れていた。
現実という夢に入り込んでしまっていたのだ。
しかしたしかにここは自分の家であるはずなのだが、あたりには化け物のような人間とはいえないようなものが歩いているのだ。
ドロドロに溶けた人のようなもの、鼻血を噴水のように出しながらかたちんばで歩いている人、目玉が取れそう、片目はすでに取れている人などがいた。
ここは地獄だと確信した茂少年は、とにかくその人から逃げ回った。
這いずりながら足を掴んでくる化け物もいたが、気にせず走った。
逃げた先にはボロボロの学校があった。
骨組みだけになっているところもある。
その学校の入口にひとり少女が立っていて、一人で何かを延々と喋っている。
「あいつの顔、も、きれい、だ、あいつ、は、きたない。わたし、わたしは、わたしは…人間の、顔を、して、ない。キャハハハハハハ
先生、が、殺しに、くる…」
茂少年が近づいてゆくと、少女は振り返った。
やはりババアの顔をしていた。
するといきなり少女の髪の毛がごっそり抜け落ちて、「ハゲ女の生贄になれ!」と言って追いかけてきた。
しかし、茂少年の目は死んだ魚のようになって、「うへへへへぇ」と笑いながら少女の髪の毛を拾い集めた。
すると、もう片方の手からも髪の毛が生えてきた。そしてその髪の毛の先っちょには鼻がついていて、ふんすふんすと息をしている。
もう片方の手の口は言った。「この鼻の息が止まったらお前は死ぬ。」
茂少年はなんとなく川のほうを向いた。
すると、さっきの少女が川の中へ飛び込んでいった。
そして、水面から顔だけを出して口をパクパクさせている。
たちまち空から芥子粒が降ってきて、金魚が餌を食らうように芥子粒に食いついた。
芥子粒が降るのをやめると、今度は茂少年をギロリとねめつけて「お前だお前だお前だお前だお前だぁ!!死ね死ね死ね!!」と叫びながら巨大化して、大口開けて茂少年を飲み込んでしまった。
茂少年は滑り台のように少女の体の中を転げ落ちた。道中あった針の道でグサグサと刺され、長い水で溺れかけ、途中で小さい人に止められて目玉をくり抜かれてそれを食べさせられた。
やっとたどり着いた子宮の中で、全て治されて回復した。
全部元通りになったと思ったら、産み出された。
産み出されたとき、屑籠に落ちた。
すると、屑籠の周りをピャカッピャカッとラッパを吹きながら回っている、小さい人がいた。
茂少年は、屑籠を倒して外に出た。
音が乱れたと思ったら、小さい人はみんな潰れていた。
潰れた小さい人を、指先でいじって遊んだ。
すぐに飽きて神社のほうへ歩いていった。
神社の賽銭箱の前で、オッサンが猫を振り回していた。
猫は死んでいた。
オッサンは、「地獄の猫!地獄の猫は処刑すべきだ!」と叫んでいる。
そのオッサンの隣で、あのババアが4歳くらいの少年を舐め回している。
少年は死んでいた。
オッサンは猫を投げ捨てて、懐から書物を取り出した。
「これはわしの親父が死ぬ直前に書いた!」
今にも抜け落ちそうなほどボロボロだった。
人が集まってくる。オッサンは書物を読み上げた。
「この世は地獄である。
地獄でせいぜい仲良くやってな。
あなたたちは、地獄に墜ちるしかなかったどうしようもないごみくずなのだから。
こんな地獄に産み落とされて、だれかを恨むだろう。
しかしこれは仕方のないことなのだ。
抵抗しても無駄なのである。
悪夢だと思って割り切れ。
現実に戻れば、首をはねられるだろう。」
など。
茂少年は、「地獄バンザ~イ!地獄バンザ~イ!」とハンケチを振った。
オッサンはまた読み上げた。
「皆監視されている。
神は常に私達のことを見ている。
生き物を殺す瞬間も、死ぬ瞬間も、生まれる瞬間も。
人は死ぬときが美しい。
その美しい死に様を神に見てもらえていることを感謝することだ。」
茂少年はなにがなんだかわからないけどなんかもうめちゃくちゃにオッサンを崇拝した。
オッサンはこう続けた。
「いつか星が降ってくる。
星が降ったらこの地獄は滅びるだろう。
しかしこれも運命だ。逆らわずに潔く運命を見守るべきだ。
地獄が滅びて、苦しみもよろこびもなくなるのだ。」
茂少年には、オッサンの顔が地面に立っている高い棒の先っちょについている回るアレに見えていた。
「回るやつは素晴らしい!もっと説け!」茂少年は催促したが、オッサンは読むのをやめてしまった。
そしてオッサンは茂少年に向かってガラスの食器を投げつけた。
茂少年の体にガラスの破片が大量に突き刺さって、鮮血を絞り出した。
「うがああ、痛い、痛いよー!
助けてェーっ!」
しかし、周りの人は見ているだけで、誰も助けてくれない。
それどころか、茂少年を見世物にした。歓声が上がった。
そのとき、ひとりがドクンドクン動いている心臓を持って「こいつの心臓を見つけたぞ!」とみんなに見せびらかし、観衆の中へ投げ込んだ。
すると観衆たちはこぞって心臓を踏み潰した。心臓はもみくちゃにされて、グチャグチャに潰れた。
「あ、が…」
茂少年は死んだ。現実の住民になった。
心臓を持ってきた人は、動かなくなった茂少年の腹の上に乗って「アンタ、ココ(頭を指さして)、おかしいんちゃう?」とバカにした。
茂少年は反対の世界へ連れ去られた。

二章 居眠り電車
僕は、見知らぬチンチン電車の中で目が覚めた。
僕は茂少年だ。あのとき皿を投げつけられて殺されたんだ。
隣の人にだらりと寄りかかっていたせいか、「このアホ小僧、重えんだよ。」と怒られた。
僕のせいじゃない。こんなの、僕の体のせいだ。
と思えば、僕の体は五体満足。知らないところに来て吐き出しそうなほどドッカンドッカン暴れまわる心臓もキチンと入ってて、だんだんその心臓も大人しくなってきた。
僕は目を見開いてぐわんと一周させて周りを見た。
中身は普通の電車であるのだが、何かがおかしい。
隣の人しかいないのだ。
たまたま空いていたのかもしれない、これは普通の電車かもしれない。しかし、死んだと思ったらいきなりこんなところに来るとはイッタイなんだ?
心臓がまたバカスカ暴れだす。目玉も落ち着きがなくなって、カラカラ回りだす。頭の血管がドンカンドンカン言い出して、頭の全体から嫌な感じの汗が滲み出た。
僕はどうなるんだ。この電車はどこへ行くんだ。とにかくそれしか考えられない。
僕はもう死んだはずだからこれ以上死ぬこともないと思うが、得体のしれない恐怖がどこかからか湧き上がってくる。
怖い。砕けて飛び散ってしまいそうなほど怖い。もしかしたら、死ぬよりも悲惨なことになるかもしれない。
僕の心臓はもう喉まであがってきていた。
ふと隣を見たら、あの人は犬の顔した人間になっていた。
いやだ、いやだ、いやだ。こんなの人間じゃない。帰りたい。お母ちゃん助けて。
そうこうしてるうちに電車が停まった。
僕はこんなところから抜け出すためにそんなに急ぐかというほど急いで降りた。
しかしそこは今まで見たこともない景色が広がっていた。
目が陥没していて、耳が地面に垂れていて、この世のすべてを睨むような目をした怪物が、まるで当たり前のように町を歩いていた。
「キェェェェェアアアアアアアアアアアガアアアアアアアアアビャアアアアアアア!!!」
僕は恐怖のあまり奇声を上げた。
しかしそれがいけなかった。
怪物たちが声に気づいてのそのそと駆け寄ってくる。
もう終わったね。僕はもうおしまいだ。
怪物は僕の体を全方向から引っ張った。
ちぎれるちぎれる!!やめてくれ!
「ギャアアアアアアアアアア!!!」僕の左腕がちぎれた。
僕は痛みと恐怖のあまり気絶した。
何時間経ったかな、もしかしたら何日も経ったかもしれない。
とにかく僕が目を覚ますと、周りには誰もいなくなっていて、ちぎれた左腕は縫い付けられていた。
でも雑に縫い付けられただけだから、動かそうと思っても動かなかった。
不便だ。いっそ切り落としてしまいたい。
この左腕が嫌すぎてくちゃくちゃに掻きむしった。血がだらだら出てきて、糸だけが残って肉が削れてきた。
でも急に「縫い付けてくれた人がかわいそうだ」という考えが頭の中を高速で走った。それから、掻きむしるのをやめた。
でももう手遅れで、ぷらぷら揺れるほど脆くなった腕を見て、僕は泣けてきてしまった。
「うえぇーーーー………」
地面に淚で絵を描いた。お母ちゃんの顔を描いた。
落ち着いてきた頃、誰かに呼ばれているのに気がついた。
「しげちゃん、おいで。はやく、おいで。みんなに潰されちゃうよ。」
お母ちゃんの声だ。右耳から左耳に向かって駆け抜けて、やがて頭の中でボヤンボヤンとこだました。
「お母ちゃんどこ!」なんて言いながらあたりを見回して歩き回るが、誰もいない。
そのうち耳の中がキーーーンと鳴り出した。
キーーーンという音はイーーンという音に変わっていって、そのうち重低音が鳴り響くようになっていた。
「ああもう!うるさいうるさい!!」僕はその場に座り込んで耳を塞いだ。
しかし重低音は鳴り止まない。
せっかく会えたと思っていたお母ちゃんの声は聞こえなくなってしまった。
一気に心細くなって喉の奥が波打つ感覚が嫌というほど脳みそに伝わった。
自分が自分じゃないような気がしてきた。
これは夢に違いない。出来の悪い映画に違いない。
左腕が最初におかしくなった。
この腕は自分のじゃない。誰かの腕に乗っ取られてしまう。
ああ、誰か、助けてくれ。
どうしようもなく気持ち悪い。この、この体が自分の体だと思えなくなって…
だんだん、自分の足や腹も、おかしくなってくる。これは自分じゃない。誰なんだ。
この体はなんなんだ。捨ててしまいたい。今すぐこの気持ち悪い体を殺さなければ…
「あがっがっああああっああああああんっあああぐ!!」
という、言葉にならない叫び声を上げた。
自分という存在が信じられない。
自分が、自分がいなくなってゆく感覚が恐ろしい。
そんな僕の姿を、通りかかった化け猫がナーゴナーゴと嘲笑した。
「ウルサーイ!!どっかいけ!」僕は化け猫を追い払った。
また人のようなものが現れた。
みんな僕を殺そうとしてる。
ああ、みんな僕のことを「死ね」とか「ゴミクズ野郎」とか言って、世界中から監視してる。
もうやめてくれ。
うわ、誰かに手を掴まれた。
また天から声が降ってくる。
「お前はもう終わりなんだ。大人しく消えろ」だってさ。もうわかわかんないよ、やめてよ。
手を掴まれて、そのまま、どこかに連れ去られていく。
離せ、離せったら。
汚らしいルンペンまでもがやってきて僕のことを連れて行こうとする。
暴れていたらなんとか抜け出せた。
僕は力ずくでみんなの顔を殴った。
でも誰も反応せずに顔と当たった拳だけがジンジンと痛む。血流と連動して、体全体に衝撃が行き渡った。
痛がっているうちに、また捕まった。
「離せーーー!!!」僕は声を上げた。
しかしそんなことも虚しく僕は連れて行かれる。滝のようにボロボロ流れ出す涙。もう完全に終わりだと思った。
たぶん数分もしないうちに小さな箱の中に閉じ込められたと思う。
でも僕には何時間も経ったように感じた。
扉を閉められて、光の筋が細くなっていき、やがて真っ暗になった。
僕は泣き叫びながら扉を両拳でドカドカ叩いた。
「出じでぇ、出してー!!」
外からは何も聞こえない。自分の心臓の音と血が流れる音だけが響く。
でもそのうち、ぱったりと気持ちが落ち着いた。
なぜ自分が泣き叫んでいたのか全く理解できない。
自分をバカにしたくなって、自分の泣き真似をした。
それがあんまりおかしくて、一人で笑った。アハハハハ…
僕がこんなに頭のおかしいやつだったなんて!
いつの間にか僕の顔の横の壁に小さな窓ができていた。
目を当てるようにして外を見ると、そこには近未来的な景色が広がっていた。
夜景がきれいだ。僕は思わず「んはぁーーーー!!」と叫んだ。
アル・ボウリィの曲が似合うような夜景だ。
右手側は少なくとも自分が生まれた国ではないような、でも現代にもありそうな景色で、左手側は本当に何百年も未来のような景色だ。
真夜中になっている。
自分の心臓の音と血が流れる音が、いっそう目立って、それでもって美しくて、気が遠のくほどぼんやりと心地よい。
するとだんだん外の音が聞こえるようになってきた。
右手に耳を傾けると、レコードの音が聞こえてくる。あの人の曲だ。
あっ、左からはなんだか機械のような音が聞こえてきた。
心臓の音と血が流れる音が遠ざかってゆく。
妙な心地よさが僕を襲う。
そのまま意識がストンと落ちていった。

窓から入ってくる力強い朝日で目を覚ました。
扉が開いていた。扉の先には、昨日窓から見た町があった。
僕は体をぐっと伸ばしながら外に出た。数歩歩いた先に、後ろ向きの女の子がいた。
後ろからじろじろ見てると、女の子は振り返って「茂くんおはよう。」と言った。
生きてた頃、同じ学年だった通子だ。
「なんでここにいるんだ?」と聞いたら、「知らなーい。お母さんに聞けば?」と言った。あいにく僕のお母ちゃんはここにはいない。いたのかもしれないのだが、今はいないのだ。
「じゃあね!」通子はそう言った。
しかし次の動きが意味不明だったのだ。
僕は「え、行くなよ…」って止めたけど、なんか体をピクピクさせながら地面を高速で滑ってどこかに行ってしまったのだ。
僕はもうわけがわからなかった。
なんなんだ今の動きは。僕が知ってる通子じゃない。
どうなったのか気になって、急いで追いかけた。するとしばらく走ったところに、あのとき僕が産み落とされた屑籠が置いてあった。
そう、僕が通子だと思っていたのは屑籠だったのである。
そうすると、僕は屑籠と会話していたことになる。
立派な精神異常者だ。こんなのおかしい。
そんなことで僕が頭を抱えていると、化け物がやってきて、僕の腕を強引に引っ張ってどこかに連れて行こうとした。僕は逃げ出そうとしたが、昨日のあいつらよりも力が強くて抵抗なんて全く役に立たなかった。
僕は映画館のようなところに連れて行かれた。映写機が画面になにかを映し出した。
画面には、「茂少年の地獄でのその後」というテロップがドンと出てきた。
僕が食いついて見ていると、ガラスにまみれて倒れている僕が映された。
そこに医者のような人がやってきて、刃物で僕の胸を開いた。
そして医者は「この小僧、心臓がない!」と言った。
そして医者が試しにぐちゃぐちゃになった心臓を寄せ集めて胸の空いてるところに入れて傷口を縫い付けると、僕の体は動き出した。
僕は気味が悪くてゲボが出そうになった。
ん?まてよ。じゃあ今ここにいる僕はなんなんだ?地獄の中で動いてる僕は誰なんだ?ここにいる僕が偽物だとでも言うのか?
もう、脳みそがぐちゃぐちゃなんじゃないかってくらい意味が分からなかった。
考えれば考えるほど脳みそがぐちゃぐちゃになっていく。
目の前がぐるぐるし始めた。
しかしそんな状態もすぐに終わった。
なぜなら空から爆弾が降ってきたからだ。
急なことだった。そこから一瞬記憶がなくなって、いつの間にやら僕はお父ちゃんに手を引かれて逃げていた。
橋のようなところを通りかかったとき、なぜかそこにお母ちゃんがいて、橋から身を乗り出したと思えば川へ飛び込んでいった。
そんな異様な光景を、ばあちゃんが真顔で眺めていた。
あたりは火の海。そのうち僕たちが通った橋も焼け落ちた。
周りの建物などを見ても、どれも焼け焦げている。
それから、僕たちはぱっと見大丈夫そうな店に入った。
その店は生きてた頃入ったババアの店そっくりだったが、やはりここも焼け焦げている。
また逃げた。しばらく逃げていたら、無事なところにたどり着いた。
いつの間にかお父ちゃんはいなくなっていた。
身が張り裂けそうなほどさみしくなった。
なぜだろう、さっき少しの間いただけなのに、胃液がのどを昇るほど寂しい。
長いこと連れ添った人との一生の別れが来たような寂しさだ。
いや、ある意味そうなのかもしれない。

茂ってだれだ?
俺はお前の父親だぞ。
子供が独り立ちすると、嬉しい反面寂しいもんだよ。
ガキはいつまでもガキじゃねえんだ。
いや違う。私はあなたの母親ですよ。
野菜も食べなさい。
なにやってんだ僕は。
僕は茂だ。
あれ?さっき何を話したのか忘れてしまったよ。
たしかに僕は茂なんだが、右腕はお父ちゃんので、この取れそうな左腕はお母ちゃんのだ。
何もおかしくない。僕はお父ちゃんとお母ちゃんに乗っ取られるために生まれてきた。
ゆりかごの唄が聞こえてきた。そろそろ臨終だ。
天から、「お前は大犯罪者だ。地獄に堕ちろ」と聞こえてくる。
ああきっと僕は地獄に堕ちるんだ。

三章 おかえりなさいませ故人さま
落ちる!
って思ったらいつの間にか地獄にいた。
僕は神社で倒れていた。頭の上で「しげちゃん!」と呼ばれた気がして意識がぼんやりしたまま「なあに…?」と返事した。
もはや自分が返事をしたのか、何を言ったのかもわからなかったが、たぶん返事をしたんだと思う。
そしたら相手は「あんたね、お医者さんが心臓を入れたら動き出したんだけど、話しかけても返事がなくて。やっと戻ってきてくれたのね、よかった。」と言って、手を握ってきた。
お母ちゃんだった。
「おっお母ちゃん…」僕は手を握り返した。
そして僕は久しぶりに動かす体をプルプル震わせながら起き上がった。
お母ちゃんが「学校に行きなさい。みんなが待ってるわよ。」と言ったから、僕は新品のようになった体をぎこちなく動かして学校へ向かった。
久しぶりに地獄で歩いたもんだから、まあ疲れること。
やっと、「第二尋常小学校」と書かれた校門が見えてきた。
校門を通ろうとすると、通子がまるで人でも殺したような恐ろしい顔をして追いかけてきた。僕は急いで逃げた。
そんなこんなで家まで逃げてきた。
そのまま家に入ろうと思ったが、戸が開かない。
手を血管だらけにして踏ん張っていると、ガラガラっと戸が開いた。
中からは、町で有名な問題児の次郎が出てきた。
僕は思わず「次郎!何してんだよ!僕は危うく殺されるところだったんだぞ!」と怒鳴った。
次郎は何も答えない。
なんだか妙な違和感だ。気持ち悪いほどの静けさというか、そういう何かがおかしい。
そうだ、家族がだれもいなくなってるんだ。
僕は次郎に「僕の家族はどこだ!」と聞いた。
そしたらあいつ、なんて言ったと思う?
「消した」なんて言いながらニタニタ笑ってやがる。
僕は一瞬頭の中が真っ白になった。
消した…?僕の家族を?信じられない。
「どういうことだよ!本当に消したのか?僕の家族が…」なんて言って次郎の腕を思いっきり引っ張ったけど、早々に抜け出して逃げられてしまった。
「待てよー!!」僕は泣きながら追いかけた。
そしたら焦って本気を出そうとした素振りを見せたが、直後にあいつの下駄が脱げた。
あいつは頭から盛大にこけた。つかの間の安心。
あいつ…、いや、次郎は、顔を地面につけたまま大泣きした。
「わぁぁぁぁん母ちゃああああん!!!」なんて言いながらせき込むように泣いている。
僕はいろいろ堪えながら「みんなはどこにやった?」と聞いた。
次郎は「本当はどこにもやってないし消えてもない!あいつらが勝手に出かけただけだ!ほんだうに許じでぐだざい!!」と勝手に謝り始めた。
めんどっちいから逃がしてやった。ケガがどうなったかなんて知らんがな。
まあ、こんな奴に騙される僕も悪い。
あれ…?僕の奥歯がない。
さっきまであったはずなのに。あっそうだ、きっとこの目の前の廃墟にあるに違いない。
僕は廃墟の中をくまなく探した。
けれども僕の奥歯は見つからない。
なんというか、歯がないと口の中がガラガラとしていて変な感じがする。
早く見つけなければ。
十分以内に見つけられなければ僕は死ぬんだ。
早く、早く…
あった!奥歯は押し入れの中にあった。
僕は腕をブンブン回して思いっきり奥歯を屋根の上に投げた。
そしたらびっくり、廃墟は跡形もなく崩れ去ってしまった。
僕は急いで逃げたから大丈夫だったけど、もしかしたら誰か閉じ込められちゃったかもしれない。
だったら大変だ。急いで探さなきゃ…
あーあ、また探し物してる。こんなのいやだ。
もういいや、僕は帰る!
僕が帰ろうとしたとき、医者みたいな人に、「ねえねえそこの坊主、実験体になってくれないかな?痛い事しないからさ。」って言われた。
断ろうとしたんだけど、「いいのいいの、寄っていきなよ。」って半ば強引に言うもんだから従うしかなかった。
医者に連れられて病院に入ると、「ちょっと待ってて。」と待合室に取り残された。
まだかなまだかなって待ってた。正直もう帰ってやろうかと思うほど待った。
そしたら小部屋に呼ばれて、入っていくと人が入る大きさの水槽があった。
医者は、水槽の説明を始めた。
「この水槽に入るだけで、体を検査できるはずなんだ。試しに人間の血を入れてみよう。」と、誰から採ったかもわからない血を注射器で垂らした。
血は、水槽の中身の水に反応して光った。
「ほら、反応したでしょう。あなたも入って。」と、医者は僕を力いっぱい押し沈めた。
息ができない!って言いそうになったが、どうやらそうでもない。
なんだか、覚えてはないけれどお母ちゃんの腹の中にいるような、そんな懐かしい感じがした。
しばらく浮かんでると、「はい、もういいよ。」と言われて引き揚げられた。
液体に入っていたはずなのに、まったく濡れていない。寒くもない。
すると医者は何を思ったか、「会ったときから思ってたんだけど、君、かわいいね…へへへ。」と言って僕のズボンを下しておちんちんを触ってきた。
こいつ、男のくせに気持ち悪いよ…
僕は「やめてよ…!」って言って手を払いのけたけど、無駄だった。
医者は「抵抗すんなばかたれ!」って怒鳴ってきて怖くて何もできなかった。
そのまま僕は押し倒されて、ほっぺたをツンツンされたり頭を叩かれたりした。医者はそんなことをして、「ああかわいい。この嫌そうな顔がたまらないよ。」と言っている。
こいつ、正気じゃない。正気じゃないのは僕のほうかもしれないが、少なくともこれは健常者の行動ではないだろう。
そして医者は「ンあっぎもぢいいい!!!」と言って白い液体を飛ばしてきた。あんまり気持ち悪くて、僕は気を失った。
そのあとも意識がないのをいいことに好き勝手されたと思う。
僕が目を覚ますと誰もいなくなっていて、だけど僕は丸裸にされて、変な姿勢にされて、そこらには服が散乱していた。僕はとりあえず服を着た。
お母ちゃんに報告しようかと思ったけど、見つかったら何されるかわからないからやめておくことにした。
病院から出ようとしたら、また別の医者に呼び止められた。
僕はさっきみたいになりたくなくて「人体実験ならよしてください!性行為も!」と言った。
医者は「君は病気なんだ。だから、もっと詳しく診せてもらえないかな?」と言ってきた。
正直逃げ出したかったけど、「放っておいたら死ぬよ」と脅されたのでしぶしぶ付いていった。
診察室に連れてこられた僕は、医者から「キチガイ病です。あなたはキチガイ病なのです。キチガイ病とは、あらゆるところがおかしくなって、キチガイになってしまう病気です。
あなたは特に頭がおかしいです。そのうち、ところてんを見ただけで大泣きしてしまうほど悪化してしまうでしょう。
でも、心配いりません。この特効薬を飲めば、必ず治ります。私の上司が言っていましたから。」と言われ、怪しい薬が詰まった瓶を渡された。
飲みたくないけど飲まなかったら殺される気がして、僕は水なしでめいっぱい喉をかっ開いて薬を飲みこんだ。
医者はそれからたくさんの薬を僕に持たせて、「はい、帰ってください。これ以上用はない。」といい加減な感じで言った。
僕はこんな怪しいところにいつまでもいたくないから、早足で家に帰った。
おかしいな、誰もいない。
それと、薬が効いてきたのか手足がポカポカしてきた。
そのうち異常なほど熱くなってきて、僕は誰もいない部屋の畳の上に倒れこんだ。薬の瓶がゴロンと転がった。
すると不思議なことに、誰もいないはずなのに誰かに揺すられた。
いやこれは確実に誰かいる。なのに誰も見えない。どういうことだ。
薬のせいか?それともキチガイ病か?ガキの僕にはわからない。

四章 かわいそう病
体がどんどん熱くなっていく。
体中から汗が吹き出して、目の前がとろけ始めた。
もう僕は死ぬのかもしれない。
そう思ったとき、プツンと意識が途切れた。

しばらくして、僕の頭に再び電流が流れ始めた。
また気を失ってしまったようだ。
いつの間にか布団の中にいる。
「しげちゃん! しげちゃん!!」お母ちゃんに呼ばれている。
かなり必死なのか、胸のあたりを強く揺さぶってきて、正直痛い。
口が思うように動かなくて、返事ができない。
とりあえず目だけ開けた。
「しげちゃん!よかった!生きてた!」お母ちゃんは歓喜した。
僕の枕元には医者が座っていた。
わざわざ家まで医者を呼んできたらしい。
医者は言った。「この薬、まだ開発されたばかりのですね。この子にはあってないです。だからこんなことになったのでしょう。お母さまのことが見えていなかったのも、薬のせいです。ひとまずこれは回収です。」
そして薬の瓶を鞄の中に入れた。
お母ちゃんは「あんたが死んだら私生きていけないのよ!」と言って僕を抱きしめてきた。苦しい。
と、急にお母ちゃんのことがかわいそうに思えてきてしまった。
なぜかはわからない。でも泣かずにはいられないほどかわいそうになって、医者もいるっていうのに僕は大声で泣き出した。お母ちゃんの腕にしがみついて。
お母ちゃんに「どうしたの。」と聞かれて、僕は「お母ちゃんのことがかわいそうで…」と答えた。
すると医者は「かわいそう病ですね。いきなりいろんなものがかわいそうに思えて泣き止まなくなる病気です。そのうち人以外のものに対してもかわいそうというようになり、大声で泣きわめくようになります。
一応薬を出しますね。持ってくるので待っててください。」
と言って家を出て行った。
数分すると、病院から薬を持った医者が戻ってきた。
紙袋に入った薬を受け取ったお母ちゃんは、「その…かわいそう病って治るんですか?」と怪訝な顔で聞いた。
医者は重い口を開いて「大変申し上げにくいのですが、治ることはありません。寛解ならありますが、この先一生薬を飲み続けていくしかありません。もうこの病気は、二度と治らないのです。しかも、薬を飲んでもよくならないことも多い病気です。」と残念な顔をして言った。
お母ちゃんは言葉を失った。死んだような目をしたまま、何も言わなかった。
「それでは、私は帰ります。お大事に。」医者はそう言って帰っていった。
「しげちゃん、あんた、治らない病気になったのよ…」お母ちゃんは、僕の腹に顔を埋めて静かに泣いた。
僕はそれに負けず劣らず大きな声で泣いた。
もう、おかしくなってくるほど涙が止まらない。
急にランドセルがかわいそうになってきて、「お母ちゃん、ランドセルがかわいそうだよー…」って言った。
お母ちゃんは「それは病気なのよ。治らない。」と言った。
それからも僕は泣き続けて、そのうち泣き疲れて寝てしまった。
僕が起きると朝になっていた。
でも朝から気分最悪だった。今度はお父ちゃんがかわいそうになって、仕事で朝早く出て行ったお父ちゃんに会えなかったのもあって泣いた。
泣きすぎて布団から出られない僕のところに、お母ちゃんが「しげちゃん、お薬飲もうか。」と水と薬を持ってきた。
「えぐっ、えぐっ、飲みたくない…」でも飲むしかなかった。
僕は震える体をなんとか押さえながら薬を飲んだ。
しばらくすると、猛烈な眠気がしてきて死ぬように眠りに落ちた。
何時間くらい経ったか、うっすら意識が戻ってきた。
お母ちゃんが、僕の手を振ったりにぎにぎしたりして遊んでいる。
なぜか、体が動かない。
魂が抜けたようになって、自分の体を上から見下ろしている。
「お母ちゃん。」僕は声を出したつもりだが、全く聞こえていない。
お母ちゃんは、相変わらず僕の体をいじって遊んでいる。
でも数分すると飽きたのか何かがまずいと思ったのかいじっていた手を布団の中に戻した。
「お母ちゃん。」僕はまた呼びかける。
お母ちゃんは何も反応しない。
その直後、いきなり体に吸い込まれるような感じがして気づいたら元の体に戻っていた。
僕は飛び起きて「お母ちゃん!」と半泣きで呼んだ。
お母ちゃんは「どうしたの、しげちゃん。お母ちゃんはここにいるよ。」と僕のおでこを撫でた。
僕は安心して一気に体の力が抜けた。
それで、後ろに倒れた。

そんな中、また変な夢を見た。
自分がたくさんいて、その自分が次々と爆発四散していくのをただ見ているだけの夢だ。
本物の自分にも降り掛かってくる内臓や肉片がうっとおしかったが、夢の中の自分は何もせずに無表情で自分の分身が飛び散るのを見ていた。
同時に、夢の外のことも見えていた。
なんだか不思議な感覚だ。半分現実にいて、半分夢の中に取り残されているような、なんとも気持ち悪い感覚である。
それこそ魂が半分だけ消えたようなものである。
右目で地獄(現実)を見て、左目で夢(またこれも現実)を見る感覚。
幽霊になったのなら、こんな感じなのだろうか。
お母ちゃんにほっぺたを叩かれて目が覚めた。
お母ちゃんは、「あんた息してなかったわよ!どうなるかと思った…」と言う。
どうやら夢を見ている間、息をしていなかったようだ。
お母ちゃんが起こしてくれなかったら、僕は死んでいたかもしれない。
外から来た野良猫が、「ねう。」と鳴いた。撫でようとしたら咬まれた。
僕の手から、溶岩のような血がドロドロと流れてくる。狂犬病になるかもしれない。猫でもなるかもしれない。
だからお母ちゃんが家に医者を呼んできて、僕は病院に運ばれていった。
かわいそう病の薬を出したあの医者だった。
病院には僕と同じように狂犬病のワクチンを打つ人がいる。
医者は使いまわしの注射器で僕の腕をチクッとやろうとした。
けど僕は注射が怖くて暴れた。
周りのものを吹き飛ばす勢いで暴れる僕を、お母ちゃんと医者数名が取り押さえる。
今度こそ僕の腕に注射器が刺さった。
僕はギャアギャア泣いて暴れた。
そのとき腕が動いて、注射器がズレて腕が抉れた。
「お母ちゃんこれ見てよ!痛い痛い!僕の腕が!」って言ったつもりだが、医者は「何言ってるかわかんないけどとりあえずお前はやり直しだ。」と言ってまた注射器を刺し直した。
「あーああああーああー…」僕は暴れるのに疲れてただ泣いた。
「終わりました。」医者がそう言う頃には僕の視界は涙でぐじゃぐじゃになっていた。
でもやっと死ぬほど嫌だった注射が終わった。これで狂犬病になることもないだろう。
帰り際、医者は「言い忘れておりましたが、かわいそう病の薬を飲むと変な夢を見るようになり、また体力も下がって布団から出られなくなります。
また、稀に勃起が治まらなくなります。」と言った。
帰りは、お母ちゃんに背負われて帰った。
途中で薬が切れて、踏みつけられる地面がかわいそうになって泣いた。
あんまり泣くもんだから地面に降りて一旦薬を飲んだ。
そのままお母ちゃんの背で寝た。
お母ちゃんは重くなった僕を背負って頑張って歩いた。
また、僕は寝ながら勃起していたらしい。
気づくと家にいた。
起き上がってあたりを見回す。外はすっかり夜になっていて、枕元にはお父ちゃんがいた。
「茂、大丈夫か。早く寛解するといいな。」みたいなことを言って2階へ行った。
しばらくぼーっとしていると、体が軽くなった。
外に出ると、お母ちゃんが井戸水を引いていた。
夜も終わりがけだ。
お母ちゃんと目が合った。お母ちゃんは「しげちゃん、まだよくなるまで外に出ないで。」と言った。
その言葉を聞いた途端、体がずっしり重くなって、その場に倒れた。
お母ちゃんは「もー…無理に動くから…」と僕を抱き上げて家の中に運んだ。
急にちゃぶ台だったものが女に見えてきた。
女は、両手を広げてこっちに迫ってくる。僕は出ない声を絞り出して、動かない体を必死にねじって「来るな…」と言った。
でも女は近づいてきて、巨大な口を開けて僕の頭を食った。
と思ったら、お母ちゃんに叩かれていた。
僕はうなされていたらしい。
僕は自分の頭があることを確認して、また夢の中へ沈んでいった。
すると今度は知らない家の中にいた。
二階へ上がっていくと、障子で仕切られた部屋の中に拘束されている少女とトンカチを持った青年がいる。
障子は開いている。
次の瞬間、青年が少女の二の腕をトンカチで思い切り殴ってこねくり回した。
僕は思わず目を覆った。
そのとき、僕の二の腕に激痛が走った。
見てみると、二の腕が抉れていた。
僕は「なんでこいつがやられたのに僕がこうなるんだよ!」と言って廊下へ逃げた。
ドタドタと廊下を走っていると、大きな部屋を見つけた。
入ってみるとそこは薄暗く、大きな木箱の中に積み木がたくさん入っていた。
僕はとにかく腕が痛くて泣きわめいた。
するとまた別の青年がやってきて、「これを持て。」と積み木を僕に持たせた。僕の二の腕は治っていった。
僕は木箱の中に積み木を戻した。
また廊下に出た。するとまだ別の部屋があった。
入ると、真ん中に大きな池がある部屋だった。
中には人がいっぱいいて、ぶつかりそうになったら「バカ、ぶつかんなよ。」と怒鳴られた。
床には文字の書かれた紙が落ちていて、「ここは地獄だ」などと書いてあった。
僕はそれを見て、はやく生き地獄を抜け出したいと思うと同時に、まだ死にたくないと思った。
そこで、お母ちゃんに起こされた。
「あんた、昨日から何も食べてないでしょ。これだけでもいいから食べなさい。」と、キュウリを渡された。
僕は「嫌じゃ!食いとうない!」と拒否したが、「だめ!干からびて死ぬよ!」と言って無理やり僕の口をこじ開けてキュウリを突っ込んできた。
僕は嫌々食べた。
五章 人造人間
その日の夜、僕は歩けるようになった。
お母ちゃんは「きっとキュウリのおかげよ!散歩にでも行ってきなさい。」と言う。
僕は頭にシャッポを乗っけて、動くようになった体を存分に振り回しながら暗い路地を歩いた。
明かりも音もない道で提灯持って、
片腕をぶらんぶらん振り回し軒下をふらふら歩き、首をくらくら左右に傾け、にかにかと笑い、終いにはアハハと声を出して笑い、靴をタンタンと鳴らし、それはもうめちゃくちゃな足取りで練り歩いた。
畦道に入った頃、大八車引いたおっさんが向こうから歩いてきて、「おう、茂じゃねえか。久しぶりだな。」と僕の脇に手を入れて僕を抱き上げた。「ヤダヤダ、離してよ」と僕はジタバタするが、大人の男には敵わなかった。
そのまま僕は大八車に乗せられた。
よく見るとおっさんは去年死んだはずの叔父だった。僕は反射的に「どうして…」と言いかけたが、おっさんが顔をクシャクシャにして笑うもんだから、僕の口は黙り込んでしまった。
地面にツンツンと雨が降ってきた。なにがとは言わないが、心の底から不安な気持ちが単体で湧き上がってきて、お空と一緒になって僕の目が泣いた。
そんな僕を、おっさんは「大丈夫だよ。茂のことはおじさんが守ってやるから。」と声でなだめた。
なぜかはわからないが僕の目はさらに雨を降らせた。目の前がドロドロになる。
でもおっさんはこんな軟派な僕を叱責することもなく笑うだけ。
その妙な優しさが気味悪くて喉がむせた。
そろそろ帰りたいと思い始めた頃、おっさんは「ちょっとまってね」と言って何処かへ行ってしまった。足音が遠ざかってゆく。僕が戸惑ってキョロキョロしていると、空から銃弾が降ってきた。地面がプスプスと叫ぶ。
銃弾は僕の頭を貫いた。
そのあとすぐに止んだが、なにしろ僕の脳みそはぐちゃぐちゃになってしまって、正しくなるようかき回していないと気が保てない。
僕は大八車から自力で降りようとしたが、うまくいかなくて転げ落ちてしまった。
僕はズドンと頭をぶった。もっと脳みそが混ざってしまった。
頭から血が滝のように流れてくる。しかしこれも掬い上げて頭の中に戻さないと、血がなくなって顔が青くなってしまうから、僕は仕方なく頭に血を入れる。
そんなことをしていたって雨と血が混ざった生々しい臭いの液体が僕の体を濡らしてしまう。
その場に座り込んで、泣きながら死人を待っていると、空が泣き止んだ。
そのうち僕の体についた空の涙と血液の混合物は乾ききってカピカピになった。それをベリベリ剥がすのが楽しい。
気持ち悪い液体の乾物を剥がしていると、視線の先におっさんらしき人影が見えてきた。
僕はアレを剥がすのをやめておっさんの方によたよた歩いていった。
でもその途中僕は小石につまづいて転んだ。
ずるむけになった膝に、血流が刺さってドクドク痛む。
顔を上げるとおっさんが近づいてくるのが見える。
おっさんは僕の手を持って上に上げた。僕はそれにつられて立ち上がった。
そのとき、僕の胃が燃えるような感じがして、直後に胃液が口と鼻から吹き出た。胃の内容物がおっさんの腹にかかった。
怒られる!と僕は思って頭を覆った。
でもおっさんは怒るどころか息ができないんじゃないかというほど大笑いして「おめえ、こんなくっせえ液体が入ってんのか!」と僕の腹をポンと叩いた。
僕は吐くのが怖くてへたくそな泣き方で「えへっ、えへっ…ええ…」と泣いた。口元についた吐瀉物がビチャビチャッと垂れた。
おっさんはハンケチで僕の口元を拭いた。
おっさんの笑顔が怖い。自分が笑うのも怖い。ゲボ吐くのって怖いだろ?そんな感じで、「笑い」が怖い。
僕がぶきっちょに笑っていると、おっさんがいつもと変わらぬ笑顔で指笛を吹いた。
するとイケナイお姉さん達三人組がやってきて、「私と遊びましょう」と言って僕を取り押さえた。
「離せ!」僕は思いっきり手足を振り回して暴れた。なんとか腕を上げて一人のお姉さんの目に指を入れた。
しかしお姉さんは、痛がるどころか表情一つと変えずに僕のズボンに手を入れて僕のおちんちんをギュッと思いっきり掴んだ。
「あがっがあ!!いでっ!いでえええ!!」僕は思わず下手くそに叫んだ。
お姉さん達はみんな「えへへへ…かわいい…可愛や…」と薄ら笑いを浮かべている。
僕はただ痛くて、怖くて、赤ん坊みたいにギャーギャー泣き叫んだ。
こんなところをじいちゃんに見られたら、僕は頭を殴られるだろう。
お姉さん達は三人がかりで僕のおちんちんを潰してきた。
「いぎゃああああああああ!!」
僕は世界中に聞こえるんじゃないかと言うほどの声で叫んだ。
「や、やめ、やめて、やあ…」僕は喉をビクビクさせながら泣いた。
お姉さん達はそんな僕の泣き声に耳も傾けず、物凄い力で僕のおちんちんの皮を剥ぎ取った。
「ああっああああああああ!!」僕はなんとなく叫んだが、もうほぼ意識が飛んでいた。
血で真っ赤になったずるむけのおちんちんを見て僕は気を失った。
また、自分を上から見つめていた。、も
お姉さん達は、でろんでろんになって倒れそうになる僕を無理やり立たせて今度はチンコをもぎ取った。
もう見ていられない。本物の、チンコがもぎ取られた体と連動して、霊体のほうの自分の体まで玉無しになった。
お姉さんのうち一人がもぎ取ったおちんちんを口の中に入れてクチャクチャと噛んでエグッと飲み込んだ。
するとお姉さんのスカートが破けてお姉さんの股から僕のおちんちんが生えてきた。
そしてお姉さんは僕のおちんちんを僕の玉無しの股間に挿し込んだ。
そのとき僕は自分の体に吸い込まれるような気がして、気づいたら体本体に霊体が戻っていた。
股間を見ると、やはりお姉さんがおちんちんを挿れている。
これが、挿れているだけなのになぜか痛い。しかもいつの間にか僕の玉無しの股間は女の股間のようなビラビラがついた股間になっていた。
僕は女になってしまったのだ。
僕はお姉さんの目を見つめる。するとそれが無性に悲しくなり、「えへっ、えへっ、ええーん…」と泣いてしまった。お姉さんは「そんな顔して泣かないでー。ほら、お姉さんが気持ちよくしてあげるから…」と言って僕の股におちんちんをぐりぐりと押し込んできた。
「いだだだだ!!やめて!やめてよー!!」僕はあまりにも痛くて叫ぶ。
まるで猫の交尾のようだ。
そしてお姉さんは顔を近づけて、僕の口の中に舌を入れて僕の舌をレロレロしてきた。生温かいお姉さんの舌が、僕の口の中をなめまわす。
そんなことをしたって僕は泣き止むどころかさらにひどくなるだけだ。
僕は思い切ってお姉さんの舌を噛みちぎった。しかしお姉さんは痛いともなんとも言わずにまた新しい舌を生やしてベロベロしてきた。
僕はお姉さんの顔をあっち側に押して一旦切れた舌をペッと吐き出した。
ふと自分の胸元を見ると、少し膨らんでいる。
僕は一気に血の気が引いて、
「嫌じゃ嫌じゃ!女になんかなりとうない!!」とすっかり高くなった声で言った。
そう、声まで変わってしまったのだ。
後ろを見ると、おじさんがニヤニヤしながらこっちを見ている。まるで、いいぞもっとやれと言っているように。
お姉さんは僕の顔を舐め回した。「い、いやあーーー…戻してよ…
ぼかぁ、ぼかぁこんな声も体もいやだよぉ…」僕はこんなことしか言えない。
次の瞬間、股から背中にかけて電流のような激痛が走った。
「ギャアッ!?」僕はすかさず自分の股を見た。お姉さんのおちんちんがどんどん伸びて、僕の体の中に入って行っているではないか。
僕が唖然としていると、喉が苦しくなって、こらえるのをやめると今度は僕の口からおちんちんの先っぽが顔を出した。声が出ない。涙だけがボロボロと溢れる。流石に泣きすぎだと思ってて泣くのを我慢した。
僕が落ち着いてきたところで、お姉さんは「ふ〜ん…泣かない子は泣かせたくなるねえ…」と言ってチンコを勢いよく引き抜いた。
息苦しさがなくなって、声も出るようになった。僕が目を涙でいっぱいにしながらなんとか我慢していると、お姉さんは「我慢しなくていいんだよ?」と言って長くなったおちんちんをどこからか出してきた刃物で切り分けた。
するとそれぞれが独立したおちんちんになった。それをほかの二人にもわけて、残りの一本は僕に渡してきた。
二人までチンコを装着して、二人は二形になった。
僕はお姉さんが持ってる刃物を取り上げて、急いで股のビラビラを切った。そしてもらったおちんちんを股に挿し込んだ。するとおちんちんが馴染んでいって、僕におちんちんが戻ってきた。刃物は取り返された。
ふくらんでいた胸も凹んでいって、試しに声を出してみても声が戻っていた。
僕は嬉しくて「えへへへ。」と笑った。
お姉さんは「あらかわいらしい。やっぱり笑ってる時が一番かわいいね。」と言った。
それに続けて他の一人が「私達についてきなさい。いいものあげるから。」と言って僕の腕を引いてきた。
僕は気分が良かったからついていった。
ついていくと、謎の建物に入った。
建物の中には、お母ちゃんそっくりの女が何人もいて、みんな口を揃えて「ちん、ちん、ちなぷい、なんちょこれーと、ちょこらーぱいぷ、ちなまーめ、にーちょろぱいぷ、ちなぽーいぽい」と歌うのである。
お姉さん達は「この中から一時間以内に本物のお母さんを探しなさい。間違えたり一時間以内に見つけられなかったら拷問よ。」と言った。
嬉しさが一気に抜けていった。
拷問だって?そんなの絶対に嫌だ。
お姉さんは続けて「拷問に耐えきれなかったら死ぬしかない。頑張ってね」と言った。
嫌だ死にたくない!って言ったけど誰も聞く耳を持たない。
とりあえず深呼吸して、どの女がお母ちゃんか調べるためにまず一人目の女に話しかけた。「好きなものは?」
お母ちゃんが好きなのは餅だ。嫌いなものは特にない。
しかし女は返事をしない。僕が戸惑っていると、お姉さんが「話しかけるの禁止!」と言って僕のほっぺたにビンタを食らわした。「なんでだよ!」僕が意地になって聞くと「話しかけたら簡単にわかってしまうでしょう。次話しかけたら唇を切り落とす!」と言われた。僕は心細くなって黙り込んだ。
でも何もしなければ拷問なので、今度は女の爪を見た。お母ちゃんは親指の爪が割れてるからわかるはずだ。
しかし全員の爪を見たが、爪が割れている女が二人いる。
これは困った。二分の一の確率で僕は拷問されることになる。
ここは一旦落ち着いて、他のところを見てみよう。
他にお母ちゃんの特徴といったら…
そうだ、片方の白目が少し黄色いんだ。
でもまた困ったことに、ふたりとも白目が黄色い。
どうしたものか。他に特徴は思い浮かばない。
一か八か、僕は僕から見て右にいた方の女を指さして「この人。」と言った。
するとお姉さんの「正解は…」という声と共に、一人だけ残して女がみんな浮き上がって踊りながら天に昇って消えていった。
お姉さんは一人残った女を指さして「この人です!」と言った。
指さされていたのは僕が選ばなかったほうの女、いやお母ちゃんだった。
僕はもう生きた心地がしなかった。
頭のてっぺんから、サーッと血が落ちていく感覚を生生しく感じた。
僕は体が自分の意思では動かなくなるような気がして、とっさに「お母ちゃん!!殺さないで!こいつを殺して!」と口走った。
しかしお母ちゃんは「ごめんねえ。お母ちゃんもこの人に連れてこられちゃったんだ。何もしてやれなくてごめんね。」と言うだけで、泣きもしないし笑いもしない。
程なくしてお姉さんと全く同じ顔をした女がぞろぞろやってきて、僕のことを押さえつけて、そのうちの一人の女が僕のほっぺたに太い針を刺した。
「ギャア!!!」僕は泣き叫んだ。建物中に響く僕の赤ん坊みたいな声。
それに続き、針が刺さったところからドロドロと血が流れ出す。
「はいはい、泣かない泣かない。」女は他人事のように言う。
次に、他の女が僕の帽子を奪って、おでこを突起のついたトンカチでガンガン殴った。
「ギャアアアアアガアアア!!」僕は甲高い崩れた声で泣き叫ぶことしかできない。
次に、他の女が僕の口の中に手を突っ込んで僕の舌を引き抜いた。
僕の泣き声はもう、最高に大きい。
自分の泣き声のせいでお姉さんが何を言ったかもわからない。
喋れなくなってもなお泣き声だけは収まらない。
そこに他の女が割り込んできて、小さいトンカチで僕の歯を乱暴に割った。
僕はもう泣きすぎて喉から血が出ていた。
お姉さんは「一旦休憩。」と言って女を解散させた。
僕はその場に倒れ込んで、咳をした。
咳をすると、喉と口から出た血が飛び散った。口の中が血の味がして、なんとも気持ち悪い。それをお母ちゃんが遠くから眺めている。
しばらくするとお姉さんは「続きをやろうと思ったけど、かわいそうだから治してあげる。」と言って僕の手を引いて小部屋に案内した。小部屋に入った途端、針が抜けて、歯が生えてきて、喉の血も止まって、舌も生えてきて、喋れるようになった。
僕は急にお姉さんが聖人に見えて、「ありがとうございます!」と叫ぶように口から出た。
お姉さんは「実は私、こんなことしたくなかったの。よかったわね、担当が私で。あなた、あのまま耐えきれずに死んでたら人造人間にされてたのよ。」と言った。
その後、僕とお母ちゃんはお姉さんに家まで連れて行ってもらって帰った。
僕の頭の中に、「人造人間」という言葉だけがこだましていた。

第六章
家に入ると、僕は力が抜けてへなへなと座り込んだ。
それを、お母ちゃんが「立ちなさい。若いくせに疲れるんじゃないよ。」と、何ごともなかったかのように僕を立たせる。

山本くんには、いじわるなお兄さんがいます。
お兄さんは、とっても悪いやつです。山本くんをいじめるのが大好きです。
そんなお兄さんは、ある日こう言いました。
「もっとお前の泣く顔が見たい。もっと大きな声で泣いてくれ。うへへへ」
山本くんは当然「いやだよ」と言います。「待て待て。がっはがっは」
兄さんは山本くんを追いかけます。山本くんは泣きたくなりましたが、このまま泣いてしまっては兄さんの思うつぼなので、ぐっと我慢しました。
しかし、兄さんは足が速いのです。逃げても逃げても追ってきます。
仕舞いには外へ飛び出て、町中を駆け回りました。
山本くんの恐怖心は限界を迎えて、こらえていたのもゆるんで大声で泣き出してしまいました。兄さんは、「そう、それだ。もっと泣くんだ。」とニタニタ笑いました。「いやだ、いやだ。はなせ、はなせ。」山本くんは泣き叫びました。
無題

兄さんは山本くんの体をくるっと回し、泣き顔を眺めました。山本くんは怖くて体が動きません。
しかし兄さんは突然「そんな大声で泣かれてはポリ公のやつを呼ばれちまう。」と言い、建物の裏に山本くんを連れて行き、山本くんの頭を力ずくで殴りました。
山本くんは一瞬頭に強い痛みを感じたあと、気を失って倒れてしまいました。
兄さんは山本くんをゆすって意識がないことを確認したあと、おとなしくなった山本くんを引きずって家に帰りました。
しかし、道中に山本くんの頭から出た血がぽつぽつとのこっていたので、それを頼りに警察が家に来ました。
その頃家では、血だらけの山本くんをお母さんが見つけて山本くんは病院に運ばれていきました。
お母さんが、兄さんを問い詰めている頃に警察が来ました。
警察は兄さんを連れて行きました。
山本くんが目を覚ますと、病院のベッドの上でした。
山本くんは元気になったあと、家に帰りました。
しばらくすると、山本くんの家に兄さんの同級生が来ました。
吉田くんです。吉田くんは、山本くんのことを心配してくれました。
「大丈夫か。もうあいつとは縁を切ろうと思ってるよ。」
山本くんは、吉田くんの耳に一目ぼれしてしまいました。
兄さんのこともあって、気がおかしくなっていたのでしょう。
「なんてきれいな耳なんだ。ぼくにもちょうだい。」
吉田くんは、「うーん、タダであげるわけにはいかないなあ。そうだ、君の右目と交換するのはどうだ。」と提案した。山本くんは、喜んで自分の右目を抉りだして、吉田くんに渡しました。
吉田くんは、それと引き換えに耳を取って渡しました。手を伝う血がなんとも鉄くさい。
ふたりは上機嫌になって、「あはは、ぼくたち繋がってるみたいだね!」と喜びました。お互い、もらったものを大切にしました。
しかし、山本くんが耳を持っているのを見るなりお母さんは耳を取り上げて、屋根の上に投げてしまいました。
山本くんは泣いてしまいました。「せっかくもらった吉田くんの耳を放り投げるなんて、ひどいよ!」山本くんは家出してしまいました。
そのまま、山本くんの行方は分からなくなってしまいました。
山本くんが行方不明になってから一年くらい経ったある日のこと。
お母さんの右目と両耳が突然もぎ取れて、右目は見えなくなり、耳は聞こえなくなってしまいました。
2

そのうち、世界中のみんなが同じように目と耳がなくなってしまって、光も音もない世界になってしまいました。誰のせいでしょうか。
すべて兄さんのせいです。   次は僕の番だ。

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